『夢』のままでいてほしかったこと

Twitterでこちらのブログを知り、衝撃でした。
黒澤明監督の『夢』の一篇、『赤冨士』のワンシーン。

「赤冨士」
大勢の人々が逃げ惑っている。何があったのかわからない。目の前では赤く染まった富士山が大噴火を起こしている。原子力発電所が爆発したという。目の前に迫る色のついた霧は着色された放射性物質であった…。

(Wikipediaより)

 

いまの地震の混乱と、原子炉爆発という「悪夢」を予言するかのよう。

 

「しかしまったく人間はアホだ。放射能は目に見えないから危険だと言って、放射性物質の着色技術を開発したってどうにもならない。知らずに殺されるか、知ってて殺されるか、それだけだ。死神に名詞もらったってどうしょうもねえ」

 

井川比佐志さんのセリフが突き刺さる。
件のブログにも書かれていましたが、黒澤監督は「正夢」を見ていたのか‥‥。

届く救援物資

猪苗代湖ズ
「I love you & I need you ふくしま」

 

よく、アーティストが
「私にできることは歌うことくらいだから」
とかなんとか言いますが、
嘘だと思います。

募金だってできるし、
現地へ行ってボランティアだって
今ならできるし
(昨日のような大きな余震があると恐いですが)、
ちょっと周りを見渡せば
歌うこと以上に直接的なことができると思います。

と、いじわるなことを思っちゃう僕は
微々たる募金をちまちまとつづけていますが、
やっぱ、歌ってすごいかも、と思い返す映像でした。

被災地の方々をどれだけ勇気づけられたかは
定かじゃないけれど、東京の僕は、これを見て
気持ちを新たにしました。

 

もちろん、歌のチカラで、
収益の全額や一部を義捐金にするなら、
その巻き込みは個人を超えられる直接的な方法ですね。
急きょ結成された猪苗代湖ズは、そうしているみたい。
くわしくは http://www.inawashirokos.jp/ で。

 

大学時代にお世話になったセンセイ
(オグルビィの小田桐昭さん)も歌っていました。
手紙を書こうと思いつつ、まだ書いてなかったな‥‥。

 

自分ひとりの肉体を、
声の届く距離を超えて
誰かの心があったかくなる
メッセージを送り届けられるとしたら、
それも救援物資。

愛媛人の僕には届きました。

そして僕はやっぱりここから
少額でも募金を送り続けます。
下戸なので東北のお酒は飲めないけど、
東北のうまいもんを食べます。

近々、休みを取って東北に行きます。

再開

えらい長いこと更新をストップしていました。

今年初更新です。

あけましておめでとうございます。

また、書き始めようと思います。

 

さて。

3月11日、東日本大震災が起きました。

午後2時46分ごろ、

マグニチュード9.0を記録する地震が

東北地方太平洋沖で発生。

 

警察庁によると、3月31日午後9時現在、死亡した人は宮城県で7012人、岩手県で3396人、福島県で1064人など合わせて1万1532人に上っています。また、行方が分からない人は宮城県で7117人、岩手県で4560人、福島県で4760人など1万6441人で、死者と行方不明者は合わせて2万7973人となっています。建物にも甚大な被害が出ていて、全壊した建物は1万7862棟で、半壊や一部破損が13万棟を超えています。家が地震で壊れるなどして避難している人は、全国で17万人に上っています。

(テレビ朝日・ANNニュースより抜粋)

 

振り返る意味でも、記録として残す意味でも、

今まで感じたままの、ふつうのことを書きます。

当日のTwitter上での僕のツイートはこちら

 

震災があった日は会社にいました。

デスクの上のPCや書類はすべて床に落ち、

机の下に潜り込むのがやっとのことで、

長い縦揺れに生きた心地がしない。

「死ぬかも」というより、

「ビルが壊れるかも。そうすれば死ぬな」

くらいの達観した(かのような)心境でした。

 

揺れが収まると、ひとまずネットを立ち上げ、

Twitterでみんなの反応や周辺状況を読み、

つぎに会社のラウンジっぽいところにあるテレビを

つけてNHKに合わせましたが、すぐに別の社員が

「この部屋はガラスが多いので出てください!」

と言うので自席へ。

お台場の方では黒煙が上がっていたのがよく見えました。

 

改めて自分の席でTwitterを見ると、NHKの放送画面を

カメラで撮りながらUstreamで配信している人がいました。

これを最大化して見始めると、一気にまわりの社員が集まり、

ここで初めて地震の規模を、東北の惨状を知りました。

 

午後6時に会社から帰宅OKの判断が下され、

徒歩もやむなし!と思ったら運良くタクシーがつかまり、

大渋滞のなか3時間半かけて

渋谷方面の社員3人で「先端が曲がった」といわれる東京タワーを

見上げたり各地のツイートをiPhoneで追いかけたりしながら

のんびり帰りました。

奥さんの徒歩帰宅もメールで把握したので、至って冷静でした。

(帰宅後、翌日は仙台出張の予定だったと聞かされて冷や汗が出たのは言うまでもありません)

 

それから数日は、全チャンネルが惨事を伝える報道と

ACだらけのCMにどっぷり浸かってしまい、

だいぶ精神的にやられました。

 

福島第一原子力発電所の被害も

いまだに安定の目処がたっていません。

これも大きな不安の種です。

原発の問題さえなければ、他の地域に比べれば

たいした被害の出なかった東京では、もう風化が

始まっていたかもしれないほどです。

いや、すでに始まっているのかもしれない。

その原発報道では、プルトニウムが検出されたとか

昨日になってようやく東京電力が「廃炉もやむを得ない」と

発表したとか、その東電の社長は入院しているだとか、

さまざまな情報がメディアに流れ、Twitter上で行き交っています。

僕は、何を拠り所にすればいいだろう?まだ、定まりません。

 

ただ、原発にはもううんざり。

作業に当たってくださっている現場の方には

一刻も早い復旧と無事を祈っていますが、原発はもういい。

噴き出た放射性物質と、2万年、KEEP WALKINGしなきゃいけない。

そんな代償はあまりに大きすぎます。

 

震災への義援金は回数を分けて今でもやってます。

できることと役立つことのバランスがちょうどいいのは、寄付。

なんだけどね。

日に日に、現地へ、被災地へ行って、見てこなければ

何もわからないんじゃないかという気にもなってきました。

 

地震と津波の映像と写真

震災後しばらく続いたようなヘビーリプレイはもうないでしょう。

でも、忘れることはない。

万一、忘れそうになったら、見返せばいい。

「あの日」以降の僕らが、僕が、どう変わるのか。

そろそろ、寄付だけじゃない動きを、2歩目を、どう前へ出すか。

個人レベルで考えながら生きています。

直接的なこと、間接的なこと。

 

被災された皆さまに謹んでお見舞い申し上げます。