七代目中村組、修了。

宣伝会議コピーライター養成講座
専門クラス 七代目中村組

 

全課程を修了し、卒業しました。
木曜の19時から21時という難しい時間帯でしたが、
半年間の講義は無欠席(遅刻は少々)。

絶対に行く!という強い意志さえあれば、得意先ミーティングだろうが何だろうが。
ご迷惑をかけたみなさま、ごめんなさい。ありがとうございました。

 

半年前、事前の選考テストに合格したときは「運良く合格しました〜」なんてここにも書きましたっけ。その時の試験は「あなたがいいと思う過去のコピーを5本選び、その理由を書きなさい」というもの。

ちなみに僕が選んだのはこの5本です。

 「人生、おいしくなってきた。」(サントリー オールド)
 「人間はセックスをして死んではいけない」(コンドマニア)
 「最近のジュースは、理屈っぽい」(カルピス)
 「泥棒の数分は、あなたの何年分だろう?」(セコム)
 「それは、鯉のえさですよ。英語で教えてあげたかった。」(英検)
 「タイム、ピッチャー おしっこ。」(エポック社 野球盤)

あれ?6本ある。

おかしいな‥‥ノートには6本“写経”しています。ここから1本削って出したんだろうな‥‥(覚えてない)。

 

選んだ基準は、

・ただ商品の機能・特徴を言い当てているだけではない、佇まいがある。
・流れる時間が重層的(ってノートに書いてますが意味不明)
・人間くさい。

我ながらナルホド。

講師であり師匠のコピーライター・中村禎さんからは、事前選考について

「俺がいいと思ったものと、君たちがいいと思ったものが合う相手を合格にした」

と言われ、決して運などではなかったんだなと。
ま、そりゃ運で決まるような選考はされてないでしょうけど。

 

それにしても、この中村組ではたくさんの言葉をいただき、26人のライバル・仲間にも出会え、陳腐な表現ですがストレートに言えば、じつに濃密な時間を送ることができました。

20代最後の“学校”で学んだことを生かすも殺すもこれからの自分にかかっている。
そう思うと、30代からの自分に、

「お前はけっこういい視点を持ってるから
 ひとつその視点を見つけたら、しばらく
 そこに滞在してその周りを掘ってみなよ!
 そうするともっと輝くコピーが見つかるって
 禎さんも言ってたじゃないか!!!」

と伝言したくなります。

最後の講義に禎さんから僕宛にいただいたもの。「そこに滞在する」をしないでいるのは何となく自覚していたので、ズバリ指摘され頭が上がりません。

 

禎さん禎さんと連呼してますが、禎さんとは電通のコピーライター、クリエイティブディレクターで、僕の大好きな

 

あ〜しんどかった(笑)

(阪神タイガース優勝・星野仙一 個人広告)

 

つまんない広告をする企業は、ほぼ、つまんない。

(KDDI)

 

または、ほぼ毎日見かけるところでは、

 

おいしさを笑顔に

(KIRIN)

 

などを書かれている方。

ちょっとでも気を抜くとバッサリ斬られます。
講義の前半は怒られるか鼻で笑われるか。
後半、徐々に芯を捉えだした実感はあります。

 

毎回の講義やその後の飲み会でもらったたくさんの言葉たちは一生の宝物。

そのうちのひとつ、

「学ぶとは、自分が感動すること。
 教えるとは、自分の姿勢を見せること。」

をまさに生で体験できた半年間でした。
ありがとうございました。

そしてまたどこかで自分のコピーを見てもらえるように、力を出していきます。

TUGBOAT 10 Years_vol.03

一昨日のvol.01
昨日のvol.02に引き続き、TUGBOATのお話。

今日は、かなり一方的なファンレター。「私とTUGBOAT」。

 

僕とTUGBOATの出会いは、大学の授業、元電通のCDの小田桐昭先生による「CM論」でした。

それまで小田桐さんの電通時代の作品や海外広告を見ながら進められていた講義が、ある日、「岡康道特集」というタイトルで始まりました。

次々と流れる岡さんの仕事に夢中になったのは言うまでもなく。

 

 

岡康道特集は、小田桐先生の熱のこもった(スローリーな)
進行のおかげで、2週連続に延長されました。
(饒舌になった頃にチャイムが鳴って、いつも照れ笑いされていた)

そんな小田桐先生の後輩である岡さんが立ち上げたTUGBOAT。
作品集が出るのは8年ぶりで、2002年にも同じ青山ブックセンターで
4人のトークショーがありました。

tug02

当時、肝臓を悪くして2ヶ月も大学病院に入院していた僕は、
ネットで知った4人のトークショーに行くことを目標に、
外出許可を得るために治療に専念。22歳の夏でした。

 

そして当日、彼女に付き添ってもらい、パジャマに
上着を羽織ってタクシーで青山へ。

着いて早々、ブックセンターの前の歩道で倒れ込み、
彼女の肩を借りて会場に滑り込んだのを覚えています。
椅子に座っているだけでも息が切れる状態でしたが、
憧れの人たちを生で見られる!というミーハー魂だけでお話を拝聴。

 

 

当時もらったサインは、病院のナースさんに自慢したもんです。
看護師さんは嫌な顔せず聞いてくれたけど、意味不明だっただろうに。

あれから8年、メタボを気にするほど健康になって、
大学も2年遅れで卒業し、気づいたらWeb広告業界の端っこにいます。
勝手なファンは、今でも、広告学校でもらった岡さんの名刺を
大切に仕舞っています。ふつうに聞いたら怖い話だなぁ。
出会った時期が学生時代だったということで勘弁してください。

 

tugboat

 

岡さん、川口さん、多田さん、麻生さんからサインと、「好きな漢字1字」をそれぞれ書いてもらいました。

「好きな漢字?また難しいことを!」

と言いつつも応えていただき、ありがとうございました。

TUGBOAT 10 Years_vol.02

昨日のつづき。

tugbook

TUGBOAT 10 Years』(美術出版社)刊行記念トークショー
「TUGBOATの10年、その“航海記録”」

でのトークを書き起こします。
(速記を起こしているので、僕の要約や言い換えが含まれます。
正確じゃなくてごめんなさい)

 

質問コーナー。

会場のお客さんから事前に集めた質問用紙から、
司会の川口さんが気になったものをピックアップ。

川口さん:
「質問。岡さんが若い頃に影響を受けたものを教えてください、だって」

岡さん:
「影響‥‥?高校時代に俳句を書き合っていた、小田嶋くんかなぁ。
彼のことは別の所で連載でも書いた(第50回参照)けど、
小田嶋くんには圧倒的な才能を感じたんだよね。
俳句も上手いし文章力もすごいやつで」

 

の質問。

川口さん:
「この10年でやめたことを教えてください、だって。」

岡さん:
「やめたこと?お酒とか?ないなぁ。もともと飲めないし。
う〜ん、逆に、10年以上つづけていることはあるけど。
毎日100字日記。誰に見せるでもなく書いてるから、
僕のつぶやきは閉じてるんだよね(笑)」

多田さん:
「俺もない」

麻生さん:
「ない」

川口さん:
「ないってことで(笑)」

 

川口さん:
「じゃ、どんどん行きます。次の質問。
‥‥みんな質問がムズカシイんだよね〜。

ない方がいい広告を振り向かせるためには、
どうすればいいでしょうか?だって。どうすればいいの?」

(※この質問は、不正確かもしれません、が、
下記の回答はほぼ正確です。あしからず)

 

 

岡さん:
かっこつけてると難しい。でもかっこ悪いと話も聞いてくれない。
本当のことを言いながら、ブザマにならないようにする。

あらゆる表現は、みんなでマーケティングして
計算されたものよりも、ある個人の、熱の高いものがヒットする。

「念」みたいなもの。
それから、(そのプロジェクトに)求心力のある人がいるかどうか」

多田さん:
「広告が必要不可欠じゃないことをまず自覚する。

 

 

どうすれば愛されるかは分からないけど、
どうすれば嫌がられるかは分かるから、
嫌がられることはやらない。

2回目に会ったときにも話を聞いてやろうと思えるか。
あと、自分で自分を褒めないこと」

 

 

麻生さん:
説明すれば理解してもらえる、というのは間違い。
言わない方が伝わることもある

 

川口さん:
「はーい、じゃ、続いて。
これからチャレンジしたいことを教えてください」

岡さん:
「あと10年経って、今のクオリティよりも質の高いものを
出していきたい。量はいいけど、質は上げられる

多田さん:
「もう1回、映画をやりたいですね。
みんなが許してくれたら‥‥(チラリと岡さんを見る)
次は静かな、人の気持ちに焦点を当てたものをね」

麻生さん:
今の広告より、もうひと越えできた、を連続で行きたい

川口さん:
「ほんとね、この10年よく持ったなと思います。これからもね」

 

僕のメモは、以上で終わります。
川口さんの口調は脳内再生で書きました。
会場で聞いていて、この人はTUGBOATの「母」なんじゃないか?
と思いました。最も大らかで、全体を見渡している(司会だし)。

オフィスのテーブルの話とか、いくつかのエピソードを
こぼしていますが、メモってないので書けません(汗)。
ここまで書き起こすのなら、むしろ録音されていたらよかったのに!
ってくらいに中途半端なものになって逆にゴメンナサイ。

 

10年をただ振り返るだけじゃもちろんなく、
これからもクリエイティブで世の中をざわめかせる、
記憶の片隅になにかを置いて帰る。ということを、
とってもシンプルに、前向きに捉えている。

たくさんの言葉をもらって帰ることができました。

次回は、Vol.03、僕以外の人にはどうでもいい、
「私とTUGBOAT」について書きます。

なにせ僕の中では彼らはスターなので。

TUGBOAT 10 Years_vol.01

青山ブックセンターで開かれた、

『TUGBOAT 10 Years』(美術出版社)刊行記念トークショー
「TUGBOATの10年、その“航海記録”」

に行ってきました。

 

TUGBOAT
1999年7月設立。(株)電通から独立した岡康道(クリエーティブディレクター)、川口清勝(アートディレクター)、多田琢(CMプランナー)、麻生哲朗(CMプランナー)の4名によるクリエーティブ(企画・制作部門)に専門特化した日本初の “クリエーティブエージェンシー”。誕生から11年目を迎え、活動の範囲は広告以外(映画・音楽・ファッションなど)のジャンルにも広がっている。

左から 岡さん、川口さん、多田さん、麻生さん。

左から 岡さん、川口さん、多田さん、麻生さん。

 

トークショーは、AD川口さんの司会進行で進められました。
備忘録として、会場でのメモを書き起こします。

ちなみに、会場は200人の満員状態。
やっぱり、彼らはスターでした。

以下、録音したわけじゃないので、
若干、僕の「つなぎ」文が含まれます。

 

岡さん
「TUGBOATをつくる前に、ヨーロッパの
クリエイティブエージェンシーを見て回った。
彼らは、面白くない広告をつくるのが一番の悪だと言う。
そして自信を持って、たとえ今月も来月も仕事がないとしても、
その次の月に面白い広告がつくれたら食べていけるんだよ
、と言う。

しかし日本のクライアントは面白い広告を求めてはいない。
つくる我々も、3ぶんの1はヒットを目指すが、
3ぶんの2は苦痛の仕事。

海外のクリエイティブエージェンシーを見て、
自分もそっちに行きたいと思った。自分でつくって。

そして1999年6月の末に電通を辞め、7月1日、
電通の創立記念日にTUGBOATをスタートさせた」

岡さん
「TUGBOATとは、曳舟(ひきふね)。
大型船を引っぱり、出入港を助ける船。
電通からは『お前達に引っぱってもらうつもりはない!』という声も
あったが、『そんな小さなものを引っぱるつもりはないですよ』と答えた(笑)。
日本の広告界を引っぱるために会社を辞めて、つくったのがTUGBOAT

多田さん:
「(なぜ電通を辞めようと思ったか?)‥‥電通は好き。恵まれていた。
社風も自由だし。ただ、どんどん年を経ていくうちに管理職に
なるのはイヤだった。ずっとプレーヤーでありたいから

麻生さん:
「岡さんと多田さんがTUGBOATになる。
2人のいない電通で1番になっても、
本当の1番じゃないなと思った。

TUGBOATになるってことは、仕事の純度が高まる。
岡さん、多田さんとガチでやれる。そう思って、
入社して3年3ヶ月で電通を辞めた‥‥」

川口さん:
「ぼくは多摩美卒で、美大を出た人間だから、
いつまでも一社にいようなんて
ハナから思っていなかったんだよね」

 

ここからは、4人がそれぞれ印象に残っている仕事を
振り返るコーナー。

岡さん:
「15社くらいを同時にやっている日々で、印象に残っているもの‥‥
やっぱり、朝日新聞の30段広告(※)だなぁ。
みんなどう思うんだろう?ってすごい気になった。
自分たちが広告主であり、制作であり‥‥」

(※TUGBOATは、『TUGBOAT 10 Years』の刊行に
合わせて朝日新聞に30段広告を出した)

川口さん:
「(印象に残っているのは)バーバーリーの仕事。
プレゼンからドットパターンと服の開発、販売まで3年ごしだった。
ふつう、広告はそんなに時間をかけてつくったりしないんだよね。

それから、マグライトの仕事。
途中でライセンサーが変わっちゃったんだけど、
ライセンサーが変わっても広告は変わらない。
息の長い仕事。大事にしたいですね」


MAG-LITE

多田さん:
「やっぱり目の前の仕事がいつでもいちばん印象的というか。
今はダイワハウスのダイワマンかなぁ。
いつも、『もしもの世界』が企画の原点。
あれも、『もしも不毛地帯の唐沢さんがダイワマンになったら‥‥』
が発端だったし」

麻生さん:
「競輪のCM。結局、人間が見たい。だからこそロケでやる。
人でやる。
出来事を起こして、画(え)にする。

あと、ライフカードの仕事。ライフカードは店舗受付じゃなく
Webで申し込みを行う。Webへ連れて行くことがお題だった。
Webに行かせるCMは、CMに力がないとダメ。
いろいろ言われているが、TVの力を疑うことはない

 

 

‥‥ちょっと長くなっちゃいました。
vol.02につづきます。