仮死状態からの目覚め

結局、ブログを死んだままにしていました。

人間というものはナマケモノにできているから、
楽な方へ流れるのは仕方がない。
だからこそ、知恵と工夫がいるんだよ。

と、誰かが言っていたような気がします。
その「工夫」にビジネスチャンスがあるのかな?
とか言いだしたら話が脱線するのでやめます。

 

日付は2月23日で書いていますが、実際の今日は3月23日です。
さかのぼって書くために、時計の針を1ヶ月前に戻してみました。

 

ざっくりと、この1ヶ月間に何があったかを列挙します。
誰かのために?いえ、自分のために。
ほら、Googleの偉いひとも言ってたじゃない。
「あなたのブログの読者はひとりいます。それはあなたです」って。

 

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3月某日:宣伝会議賞1次審査に1本通過
→1本です。少なすぎます。出した数も少なかったので自己通過率は5%と高い。
 それは恥ずべきこと。講座の仲間は20本通過している人も2次に進めている人もいる。

 

3月14日(日):TUGBOATのトークショーに参加
→サインに、4人からおひとつずつ漢字1文字を書いてもらいました。

 

3月15日(月):Perfumeのツアー(ZEPP TOKYO)に参戦
→整理番号1410番なのに2列目!半径2メートル手前で舞う女神たちは美しすぎます。
 今までも最前列などトータル10回はライヴで見ましたが、過去最高に近かった!!!

 

3月18日(木):宣伝会議コピーライター養成講座・専門クラス卒業
→すばらしい師匠と、たのしい仲間にめぐまれました。また追って書きます。

 

もっと日々いろんなことがめまぐるしく起きているはずだし、
バンクーバーオリンピックではカーリングに夢中だったはず。
なのにそれらをすっ飛ばしていいの?と、2月23日の日付で書いている。

箇条書きでは書ききれないので、また後日、詳しく残します。
誰のために?自分のために。

2009 第56回カンヌ国際広告祭 入賞作品上映会

に参加した。

 

カンヌ国際広告祭(正式名称International Advertising Festival)は、毎年6月、一週間にわたって南フランスの保養地・カンヌ市で開催される広告コンクールです。期間中は世界各国から一万人もの業界関係者が集まり、文字通り”広告漬け”になります。近年では広告業界のワールドカップと呼ばれるほど大規模なフェスティバルとなっています。
この上映会ではグランプリ作品をはじめ、現地でフィルム部門の日本代表審査員として選考にあたった講師が入賞作品の中から選んだ必見の秀作CMを上映。審査会場の様子を交えながら、それらについて解説します。日本語字幕つき。一般の方が、世界の代表的なCMを見ることの出来る数少ない機会です。

 

やっぱり自分は広告が好きなんだ!と思えた上映会でした。
「表現が研ぎ澄まされた過去のカンヌライオン=オールドスタイル」と、「広告然しない映像表現の’09年型カンヌライオン=バズになるニュースタイル」の移り変わりを体験しました。

 

グランプリを獲得した、Phillips社のワイドTV「Carousel」

 

カンヌ広告祭審査員であり、博報堂 エグゼクティブCDの
河野俊哉氏のことばが非常に示唆的だったので紹介します。

「世界各国から集まった広告が、あるひとつの兆候を示していた。金融危機をトリガーとした世界不況によって、広告がのん気に幸せだった時代の終焉を告げていた。

広告は、もう広告でいられなくなった。広告は広告を超えることを要求され、テクノロジーというアダムとイブの樹の実を食べた。多くの価値が価値を持たなくなり、多くの新しい常識が生まれた。Web2.0の意味がやっと明らかにされ、人々が企業とメディアの被支配から解放された。声を持たないピープルが、大きな叫び声をあげた。」

 

フィルム部門のグランプリ作品は、
TVCMではなくWeb用のコンテンツムービーでした。
映画マニアのための超ワイドテレビというファクトを、
その画角のまま、トリッキーな映像で訴求しています。

実際にはタイムスライスも使わず、リアルに静止した状態で
撮られたらしいです。その事実がネット上で話題を呼びつつ、
ラストシーンでピエロと警官が同一人物だった!という
ミステリアスな円環もまた、非常に映画チックなシズル(=謎)に
なって、これまた話題の提供につながっています。
映画ファンはこの手の謎を語り合いたいんです。

これがつまり、声を持たないピープルがしゃべりたくなる、
2009年からの広告のカタチだ、というわけです。

 

以前にも「すげー!」と書いたこのムービーを、解説と共に改めて
見返すことができ、そのすごさの本質に気づかせてもらえました。

2010年はどうなるか?

iPad

 

Appleの新端末、iPadがずいぶんと話題になってます。
Flashが未対応らしいことや、カメラやUSB端子がないことには
そりゃ不満がありますが、きっと買うだろうなぁと思ってます。

 

理由はいくつか。

まず、WebAdvertisingという業界にいる者として、
この先進の体験(つってもiPhoneとほぼ一緒?)を
しないわけにはいかない、という使命、嘘、いい訳。

次に、ベッドサイドで見るネット端末として
サイズ感が魅力的(もうたいした理由じゃない)。

そして、Appleへの愛(だから単純に欲しいだけ)。

 

これらの理由の中で、やはり重視すべきは
「ベッドサイド」だと思いませんか。思いますね。
思いましょう。

 

 

家庭で手軽に見られるネット端末として、
これほど適したサイズとインターフェイスの
商品はないのではないか?と思うのです。

同じように感じてか、Twitterでも、早くも
「親にプレゼントしたい」というつぶやきが
いくつも見られます。僕も同様に書きました。
これは母の誕生日(9月)にあげたい、と。

いかんせん、ニンテンドーDSiもWiiも
プレゼントしたわりにあまり使ってくれて
いないようなので、心配ではあるのですが、
ネットやメール、家計簿、Skype用と考えれば
楽しく使ってくれるかもしれません。
なにより、触って楽しいし。

 

ここからは完全に妄想の世界ですが、
個人的には、iPadが、家庭で使うインターネットの
最適な“Window”になるなら、TimeCapsuleと連携してほしい。
で、家庭内Macとの完全同期、仮想記憶容量1TBということに
ならないかなぁ、と。もっと言えば、HDDレコーダーの中身も
iPadでリモート再生できたら最高です。寝る前に手元で龍馬伝。

 

Appleが起こしたインパクトは、
たった一枚の画面が生み出す可能性のインパクト。
家庭内クラウド、文字通り「ホーム」化を押し進める
四次元ポケットになってほしいと夢想します。