プリント日和

大学の友達が、うちに
写真のプリントをしに来ました。

友達の写真は、どんどん変化します。
変化しているように思います。
プリントだけで面白い一日でした。

プリントばっかりでも飽きるので、
途中でニーダーマイヤーの写真集を見ました。
僕の、最近のお気に入り写真集です。
友達は思った以上に好反応で、いい息抜きになりました。

 

研究室で注文していたPhotoshopが
やっと入荷されたらしいです。夏休み前セーフ。
RAW現像を試したいけど、僕はもっぱらJPEGだし、
大学に取りに行きたいけど、僕はもっぱら貧乏です。

 

そろそろ、前期レポート地獄が待っています。

メビウス!

日曜日は何もしなかった。

スーパーで豚肉とごまだれを買って、
家で今まで聴いたことのなかった「ヤン富田」の
アルバムを流して、トイレの便座を洗濯した。

写真も撮らなかった。
最近始めたシリーズは、もしかしたら
シリーズとして撮る最初の写真かもしれないけど、
今日はそれを撮る気分じゃなかった。

そのうちWebにもアップ出来たらしよう。

 

なんだか昔の、ちょうど一年前くらいの
日記を読み返してるんだけど、変わってない。
就職のこととか、考えているようでどっか他人事だし。
デジカメや写真については、だいぶ楽になってきたけど。

刃向かう相手がいなくなると、ふんばる必要がないから。

バルス!

最近、ほんとここ2~3日の話だけど、
写真のことばかりが面白くて、他が面白くない。

他が「考えること」を起点にやってるのに、
写真は考えないことで進むというか、溜まる。
ほんと、昆虫採集に似ている気がする。

他の制作が面白くなるには、やっぱり
「考えること」にどこかで一時停止をかけて、
ただただ手を動かさないとダメなんだろう。
でもたぶん、今月は面白くなりそうなにおいがしない。
すぐに七月だけどさ。

 

大学のライブラリで『天空の城ラピュタ』を見た。
前日の夜更かしが祟って途中何度か寝てしまったけど、
シータのお下げが撃ち落とされた瞬間は目が覚めた。
宮崎アニメの、女性の強い部分が出るときは、
髪が肩らへんになる。んじゃないかと思った。いい。

 

二年生の女の子の写真を見せてもらった。
面白すぎる。コスプレ会場、レイヤーさん、カメコさん。
本人を撮って帰った。

家に着いて、Campus更新して五時間ほど寝た。
弟の電話で起きて、サッカーEURO2004と互いの近況をしゃべった。

LightWave

koni氏くんが来て、しりあがり寿にハマって読んでいる。

 

ゼミで3Dのソフトウェアが流行っていて、そこに便乗して
3D作品でも作ろうかなと考えている。今度教えてもらおう。

PhotoshopCSを注文したが、まだ納品されない。
デジタルなら、実際の写真家にもひけを取らない気がする。
機材だけは。

あと、撮る枚数も。

クオリティとかセンスは知らん。

3Dにするなら、溜まった写真をつなぎ合わせて
マッピングして、ぐりぐり動かしたい。ぺらぺらをぐりぐり。

 

昨日のtextで「写真は素材の一つで使用するが、メインではない」と
書いたが、出発点なのだから、作品の核といえる気がしてきた。

 

彼女から、スネークマンショーのCDを借りた。
深夜3時すぎ、koni氏くんと聴いている。

おなか空いてきて、コンビニで焼きそばを買った。

in and out

木曜はゼミの日。

いま進めている作品は、
まだ草稿段階で見せられるものではない。
模型から始めて、徐々に形作る予定だが、気が乗らない。

模型なんてまどろっこしいことじゃなく、
早く実物を作りたいという気分がある。
それは段階を無視した無謀な考えだということも
さすがに承知しているので、手をつけないとマズイ。

草案では、とてつもなく大がかりでカッコイイ作品になる予定だが、
いったい幾らかかるのか、予算もまだ組めていない。
卒制で立体物を作るなんて、一年生の頃は想像出来ただろうか。

写真は素材の一つで使用するが、メインではない。
大事な要素の一つである。ただ、デジタル故の~とか、
銀塩の深みが~というのとは違う。どっちがいいということではない。

 

一年生の頃は、写真家に憧れたりもした。
けれど、今作ろうとしているものは写真とは呼べないし、
そもそも卒業してアーティストになる予定は、今のところない。
先のことは分からんので何とも言えないけれど。

ただ、何をやるにしても、昔から
人を驚かせるのが大好きだった。びっくりさせるのが。
子供みたいだけど、そういうことを続けたいと思う。

写真を撮っていると、自分でびっくりすることが多い。
先日の多摩川で見た波の動きも、単純だがかなり驚いた。
(6/15日記参照)
静止画では、あの波を撮影したところで驚きの記録には
なり得ないのだが、写真をやっていたからこそ気づけたことだ。

 

大好きな漫画家に高野文子という人が
いるんだけど、その人の作品はトーンが大人しい。
とても安穏としていて、一見、涼しげな短編が並ぶ。

だけど、時折、針で刺したような(刺すって好きだな)、
ぴんと張りつめた空気が走るコマがある。
穏やかな話なのに、はっとさせられることがある。

それは「びっくり」とは少し違うんだけど、そういう
鋭敏な心の動きを読む者に与えてくれるのは流石だと思う。
びっくり箱的なものじゃない、静かな発見。その波紋。

そんな驚きを、僕なりの作品で。
アウトプットはインスタレーションでも、
写真でも。何でも。

やっぱ、模型から作ろう。

すけべな女の子

5.1チャンネルで
くるりの「すけべな女の子」を聴いている。

うちのオーディオは、スピーカーが五本、
部屋の四隅とフロントにある。
なので、それでCDをかけると、ヴォーカルはフロント、
ギター、ベースはサイド、ドラムはリアで音が出る。

オートサラウンドが上手く振り分けられると、音で
部屋が包み込まれる。普通には聞こえなかった音も、
これで聴くと確かに感じられたりして、楽しい。

 

最近は学校で写真を撮るのが面白くて、
何でこんなに知らないことが多いんだろうと思うほど、
知らない場所や場面に遭遇する。

それは今までにも遭遇していたはずの場所で、
きっと見過ごしていただけなんだろう。
カメラあってこその世界が、知らない間に
フレーム越しに広がっていた。それが不思議で面白い。

学校以外でも撮っているけど、
テイストが変わってしまうのがまた面白い。
同じ自分なのに、違う人のような気もする。

装置と気分が変わるだけで。
耳も、眼も。

 

作家性に欠けるとか、視点がバラバラだとか言われても
返す言葉はないのだが、それでいいと思っている。
作家ではないし、ぼくは浮気性なんだと思うし。

鋭利な人

昨日、アヴリル・ラヴィーンについて
魅力をちょっと書いたので、その続きというか
好みの女性について書こうと思います。

 

この話は、浪人時代から友達などには
しつこく熱弁してきたのですが、ぼくは、
シャーペンの芯のような女性が好きです。

シャーペンって、あの、シャープペンシルです。
あれの芯のような人です。
どういうことかというと、まず、
シャー芯を思い出してください。

あれを先端どうしで、人差し指と親指でつまみます。
すると、先っちょが指に刺さって痛いですよね。
どっちの指も、優しく支えないと先端が食い込んできます。

だけど、その状態で横からデコピンすると、
どうでしょう。脆くも折れてしまいます。
ポキンと、簡単に。
でも、先端を支えている状態では指が痛いだけです。

 

そういうのがいいなぁと思うのです。
強さと脆さを兼ね備えたような。

べつに、女性を横から折りたいと思っているわけじゃないです。
支えている指に美学を感じるわけでもないです。
あと、支えるというのはシャー芯に例えたからで、
ぼくが女性を支えるといえるほどの甲斐性はない。

 

話を戻します。
芯はあるけど、弱さも持った、雪のようなシャー芯のような人が
美しいと思うし、先行きが気になってしまいます。

強気だけど病弱とか、そういうステレオタイプなのとも違います。
それはひとつの形としてあるかもしれないけど、もっと内面の、
人間の表裏一体な部分に惚れるんだと思います。ぼくは。

ちなみに、いじめられたい願望でもありません。
強さの矛先が男に向かう必要もなく、主従関係を築きたいわけでもない。
いや、どうだろう‥‥?

 

シャー芯に例えるからダメなんですね。
雪の方がやっぱきれいだし、分かりやすいかもなぁ。
でも、あの痛さと脆さを同時に持ったフォルムはすごくエロいと思う。

 

この辺でやめておきます。
今日は台風一過で天気いいな。